NHK朝ドラ「あんぱん」5月13日放送分で、のぶと嵩(たかし)の仲直りシーンを彩った名曲は、島崎藤村作詞の「椰子の実(やしのみ)」です。
ドラマの設定となっている1937年(昭和12年)ごろ、この曲はNHK(当時の日本放送協会)の番組「国民歌謡」から生まれた最新のヒット曲でした。のぶの妹・メイコがギター伴奏に合わせて全歌詞を歌い切った演出は、当時の流行を忠実に反映したものといえます。
意地を張っていた二人が土佐の美しい海辺で素直な気持ちを取り戻す重要な局面。「遠い故郷を想う」という切ない歌詞が重なることで、二人の心の距離が再び近づく様子が情緒たっぷりに描かれました。
歌曲「椰子の実」のルーツと時代背景:なぜメイコは歌えたのか?
ドラマの中でメイコが迷いなく歌い上げた「椰子の実」ですが、なぜ当時の若者がこの曲を詳しく知っていたのでしょうか。そこには、当時の放送メディアと音楽文化の深い関わりがあります。
1. 「国民歌謡」から生まれたラジオ時代の名曲
「椰子の実」は、1936年(昭和11年)7月にNHK大阪中央放送局の番組「国民歌謡」で発表されたばかりの楽曲でした。番組担当者が作曲家の大中寅二に依頼し、島崎藤村の詩にメロディがつけられたものです。
ドラマの舞台である1937年は、まさにこの曲がラジオを通じて全国的に普及し、多くの人々の耳に届いていた時期と重なります。最新の流行歌としてメイコや健太郎が親しんでいたとしても、非常にリアルな時代設定なのです。
2. 島崎藤村と柳田国男の友情から誕生した歌詞
この歌詞には、実在するエピソードが隠されています。作詞は文豪・島崎藤村(1900年発表)ですが、その着想のきっかけは親友の民俗学者・柳田国男でした。
柳田国男が愛知県の伊良湖岬を訪れた際、海岸に流れ着いた椰子の実を発見しました。その話を柳田から聞いた島崎藤村が想像を膨らませ、「名も知らぬ遠き島より……」と始まる叙情豊かな詩を書き上げたのです。
明治時代に生まれた詩が、30数年の時を経て昭和初期に曲を付けられ、現在まで歌い継がれているという非常に息の長い名曲です。
現代でも愛され続ける「椰子の実」の魅力と幅広い影響
「あんぱん」の劇中で流れたことで、改めてこの曲の美しさに気づいた視聴者も多かったのではないでしょうか。現在、「椰子の実」は文化庁などが選定する「日本の歌百選」に選ばれており、日本を代表する叙情歌としての地位を確立しています。
クラシックから器楽演奏まで広がる名曲の輪
単なる流行歌として終わらなかった理由は、その高い芸術性にあります。作曲者の大中寅二自身による混声合唱や女声合唱版が存在し、今でも合唱コンクールや地域の音楽祭で定番のレパートリーです。また、独唱曲として多くのクラシック歌手に愛唱されているほか、ピアノやフルート、リコーダーなどさまざまな楽器で演奏され続けています。
実は筆者も、放送直前の5月11日に地元の音楽サークルで、この「椰子の実」をリコーダー四重奏として演奏したばかりでした。その直後に朝ドラ劇中でこの曲が流れてきたときは、あまりのタイミングに驚くと同時に、時代を超えて響くメロディの力に新鮮な感動を覚えた次第です。
「いずれの日にか国に帰らん」というフレーズは、戦中・戦後の混乱期を生きた人々にとっても心の拠り所となった言葉。ドラマ「あんぱん」は、アンパンマンの生みの親・やなせたかしさんをモデルにした物語です。激動の時代へ向かうなかで、この「椰子の実」がのぶと嵩の二人にどのような勇気を与えていくのか、今後の展開からも目が離せません。
